佐久間友吾のしくじり先生!不思議な人生物語。

今までの人生を通して学んだことを伝える。生き方、考え方、心の使い方、仕事、借金、恋愛、健康、ダイエット、霊体験、あなたにもきっと役に立つであろう波瀾万丈なノンフィクションストーリー

佐久間友吾いたずら幼少期

佐久間家は、野球とお酒が大好きで陽気でコミュ力高めな父と、

いつもにこやかで優しく努力家な母と、

漫画のキャラに出て来そうなバカな主人公みたいな3つ年上の兄と4人家族。

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飯岡町三川にある県営団地に住んでいた。(ちなみに20歳位まで県営じゃなくて経営団地だと思っていた。笑)

団地には遊具があって、外に出れば同年代の子達も沢山いたのでここのコミュニティーの中で遊びを想像する事、創造する事を自然と体験して来たと思う。

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会社員の父と母は共働きだったので小さい頃から兄と2人でいるか、1人でいるのは普通の事だった。

団地というコミュニティは皆んなが家族のような役割でもあった。

親同士も歳が近いから子供を預けたり、預かったり家族同士で旅行に行ったりしていた。

その様な環境の中で俺は6歳まで育った。

イタズラっ子な俺は毎日のように泥だらけになって遊んでいた。

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*最近母から聞いた話で、あなた達が子供の頃毎日泥だらけになって遊んでいた時に

周りのお母さん達から何であんなに泥だらけにしているのに子供を怒らないの?と言われて

母は子供達が好きな事を自由にさせてあげたいと思っていたと

酒を呑んでいる時に言っていた。

そしたらこんなにもバカになるとは思ってもいなかったと涙を浮かべながら

あー可笑しいと笑っていた。

そんな遊びに明け暮れる中で、自転車に乗ろうと思ったら勝手に人のチャリを乗って補助輪なしでも乗れるようになっていたり

家の鍵が開いていなかったら壁よじ登って窓から入ったり(二階)

田んぼでザリガニやオタマジャクシを捕まえたり

冒険に出ようと仲間ら5人で団地の周り探索して拾ったライターで笠藪に火着けてボヤ騒ぎ起こしたり!

(ちなみに犯人は兄貴で俺はその時すでに部屋でファミコンやっていた。笑)

不思議と幼少期の記憶って結構残っているんだよね。

三つ子の魂百までとあるが、3歳までの教養が100歳まで残るみたいな?

3歳以前の記憶はほんの少しだけあるが、

それ以降の記憶は結構鮮明に覚えている。

初めてのクリスマスプレゼントは3歳の頃

押入れで遊んでいる俺に母が声をかけてきて、友吾クリスマスプレゼント何がいい?まだ3歳だから分からないか!絵本でいいよね?と

こっちが話す間も与えないうちに勝手に絵本と決め付けられて、挙げ句の果てにはサンタさんはいませんよと思い知った。

ちなみに翌年は自分の意思を伝えなければまた絵本にされてしまうと思い、10月頃から

クリスマスプレゼントは少年アシベのゴマちゃんの震えるぬいぐるみにしてくれと念を押していた。

トイーズというおもちゃ屋に父と買いに行って初めてクリスマスプレゼントを買って貰って俺は感激した。

ちょうどその頃、俺の通っていたひかり保育園でサンタさんはいるか、いないかでクラスの仲間が別れて議論を交わした。

数的にはいる派が多かった。

いない派は30人中、10人いない位

いる派の意見の多くはテレビでやっていたもんが圧倒的で、その次にお母さん、お父さんが言ってたもんだった。

そこで俺はハイと手を挙げて

反論した。

サンタクロースはいない!だってお母さんがプレゼント何がいい?って聞いてきたし、お父さんと一緒にクリスマスプレゼント買いにいったもん!

と!笑

一瞬沈黙したのを覚えている。

そっからまた皆んなでいるだのいないだの始まった。

俺は幼少期の頃からませていた。

暴力的でカッコつけでイタズラガキだった。

初めてあだ名はペンギンだった。

保育園でマンシングウェアのペンギンのデカイロゴのTシャツと当時、幽霊のように手を前にだらんとうらめしやーのポーズみたいに歩くのがカッコイイと思っていたからだ。笑

(当日、キョンシーが自分の中で流行っていた)

 

小さい頃から戦隊モノや怪獣が好きで力

(暴力的で強い)こそ正義だと勘違いしていた。

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盲腸の手術で退院したばかりの友達にお腹見せてよと言って服をめくらせて縫ったお腹の手術痕におもいっきり腹パン喰らわして泣かせて

ケラケラ笑って、先生に見つからないように隠れていたり

お風呂入りながら鼻歌歌っているところを母と兄に見られて

包丁取り出して突き付けてぶっ殺すぞと言ったり

かと思いきや母の日に母がプレゼント何もないやとポツリとつぶやいたのを聞いた俺は

いきなり家を飛び出して団地の外の遊具場に生えていた小さな花を摘んで花束にして渡したり

父の日にダンボールに父の好きな野球のチームマスコット(ジャビットくん)を描いて切って渡したり優しい一面も持っていた。

今思うと本当サディストのサイコパスだと思う。笑

 

でもその両親を喜ばせようと思った瞬間は今でも記憶にあるんだよね。

喜んで貰えるにはどうすればいいかと思った瞬間に頭にピン!と浮かんだら本能のままに体が動き出す感覚。

だが!

その頃に事件は起きた!

ダンボールを切っている最中にカッターの刃が折れて中指をバックリ切ってしまい初めての

大量出血をし、今でも切り傷が残っている。

その前にもアイロンってどれくらい熱いんだろと思いヘソの下、今のチン毛が生えているところにアイロンの先っちょをジューッと焼き入れ三角形のアザが残っている。笑

そんなヤンチャ小僧の保育園の頃

初めての授業参観の時に将来の夢は何かと聞かれた。

周りの男子のほとんどはプロ野球選手か大工さんだった。

女子はケーキ屋さんかお花屋さん。

皆んな周りの回答に影響されて同じ言葉の連続につまらないなと飽きた俺はその場で思い立った事をハイッ!と声高々に手を挙げて

僕の将来の夢はカニになる事です!

と発表した。

そしたら観に来ていた父兄もクラスの皆んなもドッカーンと大爆笑してそこで俺は人を笑わせる快感を覚えた。

幼少期の俺は暴力と笑いの狭間で生きていた。

そんな幼少期の俺に不思議な霊体験が訪れる。

次回もお楽しみに~

ジャンケン

ポン!

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うふふふ~